風波強し
メバルやアジを釣っていて突然スズキやハマチが掛かったとする。これを取り込む者、逃す者。その差は技術だ。技術は経験より生じ、経験は回数に比例。そして回数やたら多い者を釣りバカという。
親の諌めは馬に念仏。仕事をほったらかし、女房を質に入れ、子供をはっ倒して、自分一人釣りに行くおとっつぁんがもしこの世にいたとしたら、彼の釣り技術は抜群だ。いったん針がかりした大物は決して釣り逃がさない。彼は魚が針を喰わえた瞬間、その魚が何で、どれくらい大きいか知っており、落ちついてリールのトラッグをゆるめ、大魚の引きに備えるだろう。
かみさんが急に倒れ、救急車をお願いするのに一一九か一九九か迷った。
一０四は電話番号案内、一七七は地域気象台の天気予報。が、動転のあまり救急車の番号がわからない。一一０番はなに？ 警察だ。あぁそうか０と九の差し替えかと、一一九へＴＥＬ。
かみさんの心臓は停止寸前だった。なんとか今回は間に合った。あぁよかった、神さん仏さんありがとう。
その翌朝の日曜日、一命を取りとめたかみさんがＩＣＵのベッドから私を見上げて言った。「パパ、もう大丈夫よ。釣りに行ってもいいよ」。
思わず辺りを見回しましたねぇ。看護婦さんやお医者さんが側に居なくてよかった。
「アホなこと言うな。なんぼなんでも今日は釣りに行かん」
続けて小声で
「今日は風が強い」と私。
風のことを言いつつ無茶苦茶かみさんがいとおしかった。
そろそろアジが顔を見せ始める頃である。